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お金 社会

1000円カットについて考えてみる

近年、1000円カットの床屋さんをどこでも見るようになりました。
物価高騰もあり、ここ数年は値上げもすすんでいますが、従来の床屋さんと比べ格安であることには変わりありません。

サービスをカットに絞って10分で完了させることにより顧客を多くとり、低価格を実現するこのビジネスモデルは、コスパ重視、タイパ重視の現代の消費者にハマりました。
これをお店側から見た場合、10分でサービス完了させることができれば、1時間あたり5~6人の顧客をこなすことができ、客単価が1人1000円だとしても、1時間で5000円~6000円を売り上げることができます。自分が通っているいわゆる従来型の床屋さんの場合、1時間かかって4500円のため、1000円カット店は、これより収益性が高いということになります。

お金という面からみれば消費者からしてもお店からしても良いことづくめですが、同時に失われていくものがないか、考えてみたいと思います。

失われていくもの、それは人と人との関係ではないでしょうか。。
10分でカットを終わらせるにはカット中の会話(特に雑談の類)はありません。
そんなことをしているとお店は客を多くとれず儲かりませんし、お客の側もタイパが落ちてしまいます。

前回、この場にも書きましたが、人が定期的に通う床屋さんは単にカットサービスを買うだけではなく、カット中の雑談を通して人と人のつながりも作ってきました。
このことは、ミヒャエルエンデの「モモ」という本や、クリント・イーストウッドの映画「グラントリノ」の中でも描かれています。

お金は人が作った社会システムです。
お金というシステムへの依存度が相対的に高まっていく結果、人と人との関係が分断されていくという現象が起きているように思います。
1000円カットの普及はそのことの一端を示しているに過ぎません。。

漠然と日々を過ごしていると緩やかに(しかし確実に)、進む変化に流されるだけになりがちです。
社会の流れを俯瞰してみることで、何が起こっているのか認識する。
その際、変化がもたらす利益だけでなく、失ないつつあるものも意識する。
失いつつあるものについて、何か別の方法で補完できないか考えてみる。
そんなことを大事にしていきたいと思います。