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人生観

不安に隠されている大事なもの

いづれをとるべきか不安に思うことがあります。

これは正確にいうと、目の前に、確実な選択肢と不確実な選択肢があって、不確実な選択肢を採ると何が起こるか予測できないため、その選択を行うことに不安を感じ、迷っているということです。
ただ、それだけであれば確実な選択肢を採れば不安はないはずですが、いづれを採るべきか迷っているということは、不安の裏側で、本心は不確実なほうの道に魅かれている、本当はそちらに行きたい、ということを意味しています。

不安という感情は動物としての人間の本能です。
古代、弱肉強食の世界では、肉食動物に狙われたら、即座に逃げないと食べられてしまいました。防衛本能としてリスクを察知すると不安になるのは当然ですし、その感情は本能ゆえに強いものです。

以前、宿坊に泊まった際、和尚様が、部屋の天井につるされた灯りを指して、灯りを見ると後ろの天井がぼやけて見える、天井を見ると手前の灯りがぼやけて見える、人は2つのものを同時に見ることができるのですとお話しくださいました。
これは、不確実な道には、不安もあるけれど、同時に自分が希望している道であり、不安と希望のどちらかしかないということではなく、両方もったうえで、どちらに焦点をあてるかに過ぎないと言われました。

不安は本能にもとづく感情のためそれしか見えなくなりがちですが、その後ろに隠れている自分の望む道に焦点をあてて、前に進んでいきたいと思います。