車離れはなぜ起こったか
「車離れ」と言われて久しいです。
そんな中、私自身はマイカー派で、これまで3台の車を乗り継いでいます(自己紹介に愛車遍歴を書いています)。
今回は「車離れ」について、考えてみようと思います。
日本人が一生のうちに買う物の中で、最も大きい買い物は、昔も今も「家」と「車」と言われます。
高度経済成長期からバブル期にかけて、いい家といい車を持つことは経済力の証であり、一種のステータスシンボルでした。
バブル崩壊後、右肩上がりで経済は成長し続けるとの前提が崩れました。
これは、さまざまな社会の仕組みの変化をもたらし、それに伴って日本人の価値観も多様化し、多くの人が抱いていた「いい車=ステータス」という考えは主流ではなくなりました。
そして、そもそも車を買わない、買ってもできるだけお金をかけないという「車離れ」が生じました。
映画に見る車の魅力
車を持っていると、やはり、お金がかかります。
そのお金を他のことに使えば、きっと、いろいろなことができるのでしょう。
私は約20年に渡ってマイカーを所有していますが、今後も経済的に許すのであれば、車を持ち続けたいと思っています。
これまでにかかったお金を試算するのはちょっと怖い気もするので止めておきますが、私にとって車というのはそれ以上に魅力あるアイテムです。
車の魅力とは何か?
ここでは3つの映画をヒントに紐解いてみます。
①スペイン映画 Arrugas しわ
高齢者施設に入所しているミゲルは施設での生活にうんざりしています。
施設では、日々の食事や介護が提供され生活上の不安はないものの、集団生活でのルールがあり息苦しく感じるからです。ある日、彼は、外部から車を調達し施設の仲間を誘って夜のドライブに出ます(もちろん、ルール違反です)。この場面での車は、時間を問わず、好きなところに行けるという「自由」の象徴です。
②ハリウッド映画 バットマン シリーズ
バットマンは特殊訓練を受けたブルース・ウェインがバットスーツに身を包み、街の悪と戦う物語です。戦闘シーンでは、必ず、バットマン専用の車、バットモービルが登場します。バットモービルは、その存在自体が、バットマンを象徴しています。ここでの車は所有者の「人となり」を表しています。
③日本映画 ドライブ・マイ・カー
演出家の家福は永年、愛車のサーブ900を運転しています。物語の中では、事情があって、ある期間、若い女性運転手みさきに愛車の運転を依頼することになります。最初はなんの共通点もなかった二人ですが、車という密室空間を共有するうちに少しづつ人間関係が作られていきます。ここでの車は「人との繋がりを育む場」です。
コスパという言葉、そして、価値とは
コスパという言葉があります。
払った「お金」に対して受け取った「価値」のほうが大きく、お金の投資効率が高いという意味です。
この言葉、どちらかというと、「お金」の方に重心があり、お金を少なく済ませることができたというニュアンスで使われることが多いように感じます。
「お金」は目に見えますが、「価値」はその人の頭の中にあり見えません。
これは商売(ビジネス)においても同じです。
私たちは「価格」は見ることはできますが、「価値」は見ることができません。
だからこそ、人によって「価値」は違い、ビジネスとは、その見えない「価値」を形にする営みなのかもしれません。
