惹かれる文章とそうでない文章
ブログやSNSで誰でも気軽に情報を発信できる今、インターネットを見れば、日々、多くの人が発信する文章に晒されます。
これらの中には、チラ見で済ませるものと、これはじっくり読みたいなと思うものがあります。
こちらからじっくり読みたいなと思うもの、いわゆる「惹かれる文章」とはどのようなものなのでしょうか?
徳大寺有恒という人
私が考える「惹かれる文章」の代表格は、自動車評論家故徳大寺有恒氏の文章です。
初めて氏の文章に触れたのは、私が最初のマイカーを購入した2005年ころ、本屋さんでふと自動車雑誌を手にしたときです。
その雑誌の中の氏は、ダブルのスーツに身を包みパイプ煙草を片手に英国車ジャガーに乗って、水上スキーを楽しむという、当時、平成不況の中にあって、変わったおじさんだなぁという印象でした。
記事では、子供にお金を残すなんていうのは馬鹿げている、自分が貯めたお金は自分の人生を楽しむために使う、子供は子供で頑張ればいい、というようなことが書かれていたように思います。
それから数年経って、Youtubeが流行るようになると、車の情報は、雑誌より手軽なYoutube動画を見るようになりました。
動画の中で、何人かの自動車評論家の方が、徳大路氏を「巨匠」と呼んでいるのを見て、以前に雑誌でチラ読みした氏のことを思い出しました。
少し興味がわき、氏について、調べてみると
・1939年生まれ、日本の自動車評論家の草分け的存在で、戦後のモータリゼーションを同時進行で経験
・1976年から毎年、「間違いだらけのクルマ選び」というベストセラー本を執筆
・自動車評論家として認められる前は、レーシングドライバー→会社経営・倒産→タクシー運転手と波乱に満ちた経歴
と車好きとしてはとても興味深く感じました。
続けて、「間違いだらけのクルマ選び」でマイカー含めこれまでに自分が気になっていた車の論評を読んだり、そのほかの氏の書籍を読むようになり、すっかり「巨匠」ワールドにはまってしまいました。
徳さんの話をもっと聞きたい
氏の文章の特徴は何と言っても氏の人格が文章からにじみ出ているところです。
氏は、車を語りながら、独自の目線でその時代、社会、人生について語っています。
また、それらが本質を突いていて、時代を超える力をもっているように思えます。
あらためて書籍を紐解くと、たとえば以下の文章などは、今の時代にもそのまま通じるように思います。
・日本人にとって、良き物、素晴らしい物は、いつも自分の判断ではなくて、外的な要因で決まる
・死と隣り合わせの生というものが「本当に生きる」ということ
・日本の文明は、人間の領域に機械がどんどん入ることが進化だと思っています。それは途中で考え直さないと、無味乾燥な結末が待っているとしか、僕には思えません。
・効率主義とマーケティングでクルマを作っているかぎり、ある種のオーラみたいなものは永遠にまとうことができないと思う
(出展:「ああ、人生グランド・ツ-リング」 二玄社 1992/5/1発刊 より転載)
私はこころの中では勝手に氏を「徳さん」と呼んでいるのですが、もし、徳さんが生きていたら、今、自分が乗っている車をどう論評するのか、さらに今の時代や社会をどう見るのか、話しをしてみたいものです。
そして私のブログでも、会計や税務のことだけを書くのではなく、それらを入口にして、仕事やお金、そして人生について、自分なりの視点を言葉にしていきたいと思っています。

